犬の散歩論

b0016054_23232522.jpg住宅地をぶらぶらするのは、ややもすると不審にみられることもあり、注意しなけれないけない動作である。大きな公園などでは、「健康のため」「気分転換のため」などと格好もつくが、プライバシーの集積地である住宅地では、むやみやたらに歩くのもためらわれる静けさがある。
子どもの頃、登校中に毎朝すれ違うお年寄りというのが複数いたが、健康のためなどの理由があるにしろ、やはり少し風変わりな印象を持っていて、「おはようおじさん(おはようと声をかけてくる)」とか「カンカンじいさん(道路際の金網とか壁を杖でたたきながら歩いている)」とかあだ名が付けられていた。
今どき、住宅地で行く末の定かではない歩き方をするのは、老人、変人、もしくは泥棒などの犯罪人、または下心のあるセールスマンくらいであろう。
そんななかでもっとも有効な免罪符が犬の散歩である。単純に住宅地を歩きたいときには必需品とさえ思えるほど、その免罪符がもたらす安心は大きい。
先日、住宅街の真ん中で事故を起こしたとき、あちらこちらから犬を連れた人たちが集まるかのように通り過ぎていった。あきらかに、異常な数の犬の散歩が通り過ぎていったので、これらは犬の散歩にかこつけた単純な散歩、もしくは野次馬であるということに気がついた。
隣に誰が住んでいるかわからない時代に、犬のもたらすコミュニケーションの効果は大きい。歩くことさえヘルプしてくれる。知らず知らずにみーんなセラピーされてるんだろうな、などと思いつつ、自分も犬連れでぶらぶらするのだった。

画像は私の免罪符と陶器のフェイク・ブルドック。
[PR]
by nakayamaharuna | 2005-03-08 00:03 | place


<< 白菜 韓国おふろデート >>