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口の中がピザの日記

b0016054_15243095.jpgきのうは中川幸夫氏に関連する講義、今日はフラワーの松井さんの講義にでた。あと3ヶ月たらずで学生でなくなるので、こういった活動には妙に感慨深くなるのである。センチメンタルである。
前者の講義の最後、レクチャラーの地雷をかする質疑をしてしまった。質問の言葉を紡いでいると、相手の顔に、怒りがちらほらするのである。冷や汗がでた。しかし、質問もなんとか着地させて、相手も大人なので笑いに落としてくれた。よかった。
後者の講義では、顔見知り故の恥ずかしがりで、まともにお話しできなかった。もうすこし人当たりよくしないと、わたしの会社経営は先行き不安である。

今日、あやちゃんがポテトチップスをくれた。
小さなかけらだったのに、口の中がピザだらけになった。
鼻をつまんで食べたら、ただのポテトチップスだった。
指を離すと、ピザが鼻から抜けていった。
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by nakayamaharuna | 2005-11-30 21:48 | study

続・行列のできる美術館

b0016054_0335157.jpgジブリ展が大人気だったというのは耳にしたけれど、これは敷居の低い美術館として成功したという一つの例なのか。だったら、常設展にだって行列はのびているはずである。が、残念なことに、イサム・ノグチの1/10も人はいない。いつものMOT、よりちょっと多いくらい。行列に並ぶ多くの人が、木場のこんなところまで来て、イサム・ノグチだけ見て帰って行くらしい。なんてもったいないのだろう。
もし、美術館が教育の意味を持つ施設であるとするならば、近・現代美術史における上質のコレクションをもっている、ここの常設展まで足を運ばさせる努力が必要である。ジブリやらなんやらでいくら予算をクリアしたとしても、美術館の存在意義はそれだけでは見いだせるわけがない。存在の意味がなくなってしまう。
なんなんだ、ちくしょー 悲しくなっちゃうぜ。
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by nakayamaharuna | 2005-11-29 00:35

行列のできる美術館

b0016054_023272.jpgMOTのイサム・ノグチ展は今日で最終日。
清澄白河から9分徒歩して、いざ到着してみると、なんとそこは館外までつづく行列である。チケット購入に1時間、入場するのにさらに30分かかるという。目を疑った。
肝心の中身は、キュレーションも展示の内容も、さして面白くなかった。わたしは友人に誘われて、本展覧会の前評判などには無知のまま出かけたので、なぜこんなに人が集まっているのか、まったく理由がわからなかった(そして今もわからないままである)。
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by nakayamaharuna | 2005-11-27 22:56 | place

ピー・エー・エム・エム

b0016054_23224844.jpg先日、久しぶりに総合造形のパフォーマンスに出かけた。
このイベント、同コースが生まれて5年後から続いているというから、もう25年目になる。山口勝弘や篠田守男といった日本美術界の重鎮が統括を握ってきた名物授業なのである。
現在は、かなり縮小してしまい、授業の発表会的要素が強くなってきているので、昔のような"授業なのに事件"であるような、そういったハプニング的な良さは見あたらない。良くはできているんだけど...
昔の記録を見ると、頭部が燃えていたり、猿がいたり、なんやかやでスキャンダラスな作品が多くて見応えがあったものだ。でも、先輩後輩がどこかしろから集まって、同窓会みたいになる独特の雰囲気は健在であった。といっても、昔ほどではないのだろうけれど。
写真は恒例の打ち上げパーティーのようす。他人の作るパーティーって、やはりいい。
私の源流、ここにありました。
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by nakayamaharuna | 2005-11-26 23:41 | news

もみもみ、もみの木

去年、エステ科のある学校にいたので、図書館でリフレクソロジーやら指圧やらの書籍を読みあさって独学しておりました。
孤独な人間なので、だれにお披露目するともなく、あたためてきたその技々。
12ヶ月を経て、ついに先日、実施となりました。
父と母は突然の孝行娘に、驚き、戸惑い、疑いました。何が目的か、と。

娘は「別に〜」、と一言。

母は元気が出たのか、玄関にクリスマスツリーを飾りました。

ああいやだ、12月がやってきます。
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by nakayamaharuna | 2005-11-23 23:57 | place

羽を伸ばせるCHIBA暮らし

b0016054_12482757.jpgNTT東日本・千葉のフリーペーパーに.automealが特集されています。詳しくはこちら。私も笑ってます。

我がアトリエでの本格的な撮影だったんですが、やはり食べものは写真命です。普段はペ・ヨンジュンの番記者ならぬ番カメラマンの方が、ものすごくがんばってくれました。
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by nakayamaharuna | 2005-11-21 12:53 | place

イグアナバーガー

b0016054_22252722.jpg《嫌いな食べものはなにか》

これにはどんな意図が含まれているのか、ほとほと図りかねている。
最近、たびたび聞かれる質問なのであるが、本当に思い当たらないのだ。嫌いなものがないということが、逆に不都合になるのである。困った。
だいたい「バッタ」とか「イヌ」とか「添加物」とか答えるのだけど、相手は納得してくれない。一種の心理ゲームかなにかだろうか?
なんと答えれば相手は喜んでくれるのだろう。逆に、相手の心情を察しようと必死になる。

ちなみに、好きなものも私にはない。
だって、消化できるものはなんでも食べものでしょ。ありがたや〜
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by nakayamaharuna | 2005-11-19 22:34 | place

論文の幕

b0016054_0245635.jpg今更ながら、西洋絵画について研究をしているのだが、なかなかどうして、宗教の違いは研究に大きな軋轢をもたらすようだ。
西洋絵画の歴史は、キリスト教の宗教画という系譜を経てきたことを避けては通れない。翻訳されているその手の本では、"God"が"神"と訳される。あたりまえである。
しかしこのあたりまえさに、実は大きな問題があるように思う。
日本語の"神"という言葉には、やはり日本人にとっての万(よろず)の"神"のイメージがつきまとうし、そもそも"紙"やら"髪"やら"上"やら、音でもわかるように、日本の"神"はキリスト教的な"God"とは別物である。とにかく"God"は"カミ”じゃない。これは知識を深めるほどに明らかになる。

そして絶望する。

私は(西洋)絵画が苦手である!と。
感覚的に絵画を理解することはもはや不可能なのではないか、と。
頭で理解するしかない美術のたぐいは、本当に私の行かんとする美術なのか、と。

だからこそ食べものという身体的なキーワードに助けを乞うのかもしれない。
唯一信じられるものは、この肉体だけなのだ、とどこかでおもっているのかもしれない。
身体にもっとも近い素材である食べものに着目することは、そういう意味で私にとって必要なことなのかもしれない。

あ、これ論文の幕開けですな...
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by nakayamaharuna | 2005-11-18 00:45 | study

丸の内

b0016054_2395943.jpg今日は丸の内でケータリングです。

清子さんの結婚式で道が混んでるかもしれない。

これから出発。
約一時間の道のりは、パーティーがうまくいくようにイメージトレーニングをします。

安全運転でいってきます。
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by nakayamaharuna | 2005-11-15 03:39 | place

魅惑のMC

b0016054_292752.jpg今日、初めて落語を聞いた。すばらしく魅力的なしゃべり口である。驚いた。日本には他種類の笑いがあるらしい。狂言しかり、漫画しかり。
さて、今日は「にゅーおいらんず」というバンドもきいた。落語家で結成されているジャズ?バンドである。
いろんな意味で顔がゆがむ、この摩訶不思議なバンドは、ゆがんだ音と、魅惑のMCが戦慄の対比を醸し出していた。
客席はガラガラ。空前の落語ブームというのはメディアの扇動なのかしらん?
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by nakayamaharuna | 2005-11-14 02:10 | place